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末期癌克服自然生活17/本気で挑む冷え性・低体温







このページは2005年~2008年の間に作成したページです。

末期癌克服自然生活17


胃癌になった時家族は


家族が癌になった時
家族としては心配だから色々と言いたいこともあるでしょう
ただ物を伝えるというのは難しいですね

顔色が違った




10年程前でしょうか、親父が再び胃癌になったのは。
その頃私は親父とチョット仲が悪くて、離れた所に住んでいたので、1年以上全く親父の顔を見ていなかったんです。

丁度親戚の結婚式が鹿児島であるというので、久しぶりに家族と会ったんです。

その時私は親父の顔を見て唖然としました。

もう見た瞬間に「これは癌だな。」と思いました。

この頃の親父の顔というのは酷くて、

ストレスで顔は歪み、
顔色は黄土色に黒と青が混じったような、本当に生気の無い色でした。
肌にも艶が無く、「これはただ事じゃない。」ことは歴然とわかりました。

私は直に病院で検査だけをするように、勧めました。

でも意外と、毎日一緒に暮らしている母親などは、判らなかったんですね。

顔色が悪かったり、顔が歪んでいたり、
「体調は悪いんだろうな。」とは思いつつも、
毎日のことだから慣れっこというか。
「まさかココまで悪いだろうとは思わなかった。」というか。

でも今でも私には鮮明に記憶がありますね。

あの時の顔が。

黄色っぽい顔色している人は消化器系が悪い感じで、
黒っぽいということは腎に冷えがある感じですね。
青もやはり血分不足の冷えの感じですね。

結局、鹿児島から帰って直に検査をしたら「胃ガン」だったんですけど。

僕も一生懸命だった




もうそうなると、
私もなんとしてでも良くなって欲しいから、一生懸命になるんですね。

だから色々と「ああしろこうしろ」と言いました。

あの頃私は、「親父の癌の一番の原因は仕事のストレスだ。」と思っていましたから、「仕事なんて止めちまえ。」なんてことも言っていましたし。

「タバコは止めろ。」
「そんなにコーヒーばかり飲むな。」とか、色々と言っていました。

今から考えてみても、ヒステリックだったですよね。

こっちとしては心配だからこそ、死んで欲しくないからこそ、一生懸命言うのです。

しかし、一番不安でどうしようもなくて、
タバコでもコーヒーでも飲んでいないといられなかったのは
親父だったんでしょうね。

それで余計に「お前はうるさい。」ていうことになって、
親父はつむじを曲げてしまったんですよ。

素直じゃなかったな




その時に私も色々と相談し、考えて、

「人を変えようとしても駄目だ。」と思いました。

人に言われたんです。

「心を開かない人に、北風で接しても開かない。南風で温かく接しないと。」と。

その頃私は親父と仲が悪かったんですね。

もちろん心の中では愛していたんですよ。

でも色々と価値観も違う人間同士ですから。

それだからこそ、

心の中では心配しているから言っている事でも、
それこそ格好悪いというか、ばつが悪いって感じだから
「なんでそんなにストレス貯めながら仕事やってんだよ。」みたいな、

とんがった口調で物を言っていたわけです。

そうなると親父としては、
「お前にそんなことを指図される筋合いは無い。」ってことになりますよね。

それで、余計に物別れになってしまっていたんです。

素直じゃなかったですね。

仕事をしながら胃癌を克服


それで私も反省しました。

これでは余計にストレスを溜めさせてしまって、
物事を悪い方向へと導いていってしまう。

「僕が変らなければ。」と。

それで僕自身が変わって、
口で言いにくい事は手紙で書いて、

そうして行くうちに、親父の精神状態も大きく変化して行きました。

結局、この時も病院には行かずに、
胃ガンを克服してしまいました。


しかも仕事をしながら克服したんですからね。

スゴイですよね。

ま、一応私も会社を辞めてグリーンポプリを手伝い、
親父には出来るだけ休養しながら仕事をしてもらうようにしましたけれども。

でも入ったばかりの人間に何が出来るって感じで、大して役には立たなかったですけれども。

ただ息子が会社に来てくれると、気持ちが違うんでしょうね。


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