本気で挑む 冷え性・低体温 グリーンポプリ

アトピー・小児喘息・末期癌_病気に悩まされた日々/本気で挑む冷え性・低体温








アトピー_小児喘息_末期癌
病気に悩まされた日々




(グリーンポプリ株式会社 代表取締役 社長 後藤 洋)


私の家族は私も含め、アトピー、小児喘息、末期癌など、様々な病気に悩まされ続けてきました。それを解消すべく、様々な試行錯誤を繰り返してきて、 病気というものを様々な角度から研究して、そして現在に至ります。これからは私の病歴について振り返ってみます。

親を責めても駄目だ

私の家族は本当に病気に悩まされ続けた。

私も「何でこんなに体が弱いのか」と恨んだ。

他人を責めた。

傷つけた。

色々と努力した。

本当に必死だった。

自分の事に必死だった。

必死に勉強した。

何十年も。

絶対に希望の光をたぐり寄せるために。

だけど良かった。

今こうしてこのような仕事が出来る。

お客様が「ありがとう」と言ってくれる。

心にしみる。

無駄じゃなかったんだ。

何より健康が一番でしょう。

【アレルギー持ちの私の幼少時】

私は小さいとき(幼稚園児)、小児喘息、アトピー性皮膚炎、蓄膿症、中耳炎、外耳炎などアレルギーで毎週お医者さんに通っていました。
当時埼玉の大宮に住んでいましたが、ナカナカ治らずに東京にまであちこち病院に行っていました。
注射の度に私は泣き叫びました。
体中が痒くて、夜通し背中を掻いてもらっていました。
そんな私を見て「かわいそうだ」と思ったのと同時に、体力の限界だったのでしょう。

病院、クスリは一切止めたのです。

玄米菜食

それから色々な民間療法などを行脚し、最終的に森下医学博士の御茶ノ水クリニックにたどり着き、完全玄米菜食を始めました。

肉・魚・卵・牛乳や砂糖は一切摂りませんでした。


アトピー、小児喘息の完治



父は当時、ある一部上場大手企業の全国トップの成績をおさめていた、優秀な会社員でした。
毎晩毎晩午前様で、相当ハードな仕事でした。
親父は私と同じように体が細く体力も無かったですから、
相当きつかったことでしょう。
その上毎晩の夜泣きに泣かされて。

しかしながらそんな中でも父は

朝起きたら私と妹を引き連れて、近所のお豆腐屋さんまでジョギングしながら行き、熱々の豆乳を買いに行っていました。

その頃のお豆腐屋さんのおいしそうな香りが今でも忘れられません。そしておいしい豆乳の味と。

冬になると父は毎朝僕らを起こし、近所の子供達も起こして、寒風摩擦を行っていました。

そして僕が小学校の間に、完治しました。

【愛情と勇気と覚悟】

しかし、この時の両親の愛情と勇気と覚悟は相当なものであったと思います。

癌でもアトピーでも、民間療法で治そうとする人達って、ものすごい覚悟と、勇気と、努力があるんです。


今でこそ、健康食品なんて非常に一般的なものになって、治療法の選択にもかなり自由があります。

しかし世の中では、病気になったら病院へ行くってことが常識なんです。

それを、私の両親は断絶して、民間療法なり、中医学なり、健康食品、健康器具と出来ることをかけずり回ったのです。

自分で全責任を負う。

それを受け入れて実行するから大変なんです。


自分の子供の病気を治すも治さないも、一切自分の肩に担うわけです。他人の非難やストレスも全て担うわけです。

【人は心の動物】

人の思いというのは凄いものです。
人は心の動物です。
「僕はメジャーリーガーになろう。」と小学生の時から決めていて、
メジャーリーガーになったイチロー選手のような人もいます。
「何が何でも生きよう」と思い、癌を克服した人もいる。
人はまず最初に「思い」がないと駄目なんですね。
思いに導かれて、結果が生まれるんです。

【梅肉エキス】

私は昔、本当によくお腹を壊しました。
今でもよく覚えているのが、
梅丹本舗さんの梅肉エキスがいつも家庭にあったことです。
普通お腹が痛くなると皆さんですと、正露丸っていうのが普通なんでしょうね。
でも私はいつも梅肉エキス(粒タイプとエキスタイプがある)を飲んでいました。
だから私は梅肉エキス粒は腹痛のクスリだと思っていました。
いやー本当にお世話になりました。
あと
梅肉エキスをお湯で溶かしてハチミツを入れて飲むのが好きだったんです。

そうやって私は、健康食品とともに過ごしてきたのです。

【親父末期癌になる】

我が家では、森下療法=御茶ノ水クリニックに行って以来、
食事はずーっと玄米菜食でした。

親父は超人的な精神力の持ち主で、
接待でも肉は口にせず、
それ以外は外食はせず
どんなに遅く家に帰ってきても必ず玄米を家で食べていました。


ところがなんと
私が高校生の時
親父が余命3ヶ月という末期癌にかかってしまったのです。
余命3箇月ということで
お医者さんからは見離され
「好きなことをしなさい!」とのことでした。


しかし強靭な精神力を持つ父は

末期癌を病院に行かずに会社を辞めて
各種民間療法や、健康食品家庭用治療器だけで
克服してしまったのです。

【グリーンポプリ創業】

その時の経験から
父はグリーンポプリ株式会社を興し
養生指導(食養生活健康)を開始しました。

【生活習慣と心が主体】

しかしこの時一つの疑問が湧いております。

玄米菜食を徹底し、
私のアトピー性皮膚炎、小児喘息は完治しましたが、父は末期癌になったのです。

ということは病気と関わっているのは
なにも食事だけではないようです。

食事の内容というより、
毎日毎日、消化の悪い玄米を夜中過ぎに食べていたから良くなかったのでは?
毎日ストレスを溜めつづけハードな生活を送っていたから悪かったのでは?

つまり病気に関与しているのは
「生活全体のリズム」と、「心」ではないかと。


それ以来我が家では、病気は生活全般を見直すもの。
こころの状態を改善すること。
が主体となったのです。

そうです、生活習慣病なのです。

【私の勉強】

それ以来私も色々と勉強しました。
矯体法気功足反射療法プラスイメージ法中国医学栄養学マクロビオティック

また、私は健康食品や野草、薬草が好きでした。
ですからこちらの方も色々と勉強しました。

【難病とともに】

グリーンポプリには、父の影響もあって
とにかく末期癌や、循環器系疾患など難病の方々が沢山いらっしゃいました。

その中で色々と「人々の生死」と向かい合ってきました。

本当に人間と言うのは無力なものです。

結局病気を治せるのも予防できるのも、自分本人だけなのです。

周りの人たちは皆、お医者さんであっても家族であっても、

ただ単に手助けができるだけなのです。


【現在のグリーンポプリ株式会社~自身自医】

現在は私が継いでおりますが

病気はからですから、リラグゼーションの方面や
自然方面へも視野を広めて総合的な健康を追い求めてまいります。


「健康があってこそ幸せ」


ということに尽きると思うんです。

最後に以下のような言葉を覚えておいてください。

「自身自医」

自分ほど自らを知っているお医者さんはいない訳で
自分で治す気にならなければ治らないということなのです。




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